豚足と日本酒をやりながらいろいろと考える。
できないことはやっぱりできなくてさ、
でもできることはきっちりやろうと。
そこがなかなか難しくて。
できることに果てなんかないじゃん。
それでいろんなことに手を広げてみると
本当に大切なものを見失って、
「あれ?これができることなのか?」
もしかしたらそう考えることが苦しめているのかとか。
バリバリものが創れて、湧きだすときもあれば
二日酔いでベッドに沈む日もあって
懲りずにそれを繰り返しているうちに
新しい季節がやってきたりして。
それでも同じように見えても
同じ日はないんだと日々奮い立たせて。
そして目が覚めて、どーでもいいじゃねぇかと思うのです。
とにかくやるしかねぇだろと自分に言うわけです。
今朝方、燦々と光が入るリビングで太陽に感謝しながら
なんとなくアジアの風景をスケッチ(落書き)。
子供のときにテレビを観ながら、新聞の折り込み広告の裏に
絵を描いていた(落書きしていた)ときを思い出す。
誰のためでもなく、金のためでなく、評価を受けるためでなく。
こうしてときどきそんなことがしたくなる。
それを楽しめるならまだまだいけるぞと確認しているんだ。
「雲烟過眼 うんえんかがん」
「烟」とは煙、かすみの意で、雲や煙は眼の前を過ぎて
跡形もなくなる様子から執着せず、あまり考えすぎずに
ゆきなさい、との教えです。
先人の言葉はこんな愚鈍な自分に語りかけてくれます。