書画家 高野こうじ 公式blog

書道、アートの作品を中心に日々感じたことを綴る

償い

先日サントリーホールシャンソン歌手
若林ケンさんのコンサートに行ってきた。
いろいろな折に会い、何度もケンさんの素晴らしい
歌声と人間性には魅了されてきたけれど、こうして
ちゃんとしたホールでバンドバックに聴くのは初めて。

昨日の生き様の話じゃないけどこの人の歌は人生を
凝縮した悲哀がある。歌手を超越した表現者

コンサートの一部の最後に「償い」という歌をシャンソン
にして歌った。原曲はさだまさしだったと思う。
知っている人も多いのではないか。
数年前三軒茶屋駅でサラリーマンを撲殺した二人の
少年の判決公判で裁判長がこの歌詞を読んで欲しいと
反省を促し、後にその歌詞を読んだ少年たちは深く謝罪し、
「罪を償いたい」と言ったという。
もちろん控訴せず実刑を受けている。

俺も当時この事件を知って頭の片隅に歌が残っていた。
思いがけなく聴いた「償い」に目頭が熱くなった。

人は過去を背負ってゆく。
しかし自分の心の向き方で許される未来がやってくる。



ちょっと長いけど歌詞を載せておきます。


      <償い>

 月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
 必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった
 仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと
 飲んだ勢いで嘲笑っても ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり

 僕だけが知っているのだ 彼はここへ来る前にたった一度だけ
 たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ
 配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
 ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた

  人殺し あんたを許さないと 彼をののしった
  被害者の奥さんの涙の足元で
  彼はひたすら大声で泣き乍ら
  ただ頭を床にこすりつけるだけだった
 
  それから彼は人が変わった 何もかも
  忘れて 働いて 働いて
  償いきれるはずもないが せめてもと
  毎月あの人に仕送りをしている


 今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 泣き乍ら走り込んで来た
 しゃくりあげ乍ら 彼は一通の手紙を抱きしめていた
 それは事件から数えてようやく七年目に初めて
 あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り

 「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました
  だから どうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に
  主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど
  それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」
 
  手紙の中身はどうでもよかった それよりも
  償いきれるはずもない あの人から
  返事が来たのが ありがたくて ありがたくて
  ありがたくて ありがたくて ありがたくて
 
  神様って 思わず僕は叫んでいた
  彼は許されたと思っていいのですか
  来月も郵便局へ通うはずの
  やさしい人を許してくれて ありがとう
 
  人間って哀しいね だってみんなやさしい
  それが傷つけあって かばいあって
  何だかもらい泣きの涙が とまらなくて
  とまらなくて とまらなくて とまらなくて